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『デーミアン』ヘルマン・ヘッセ(旺文社文庫)より抜粋

デミアン
『デミアン

ヘルマン・ヘッセ

(上記の画像及びリンク先情報は新潮社文庫なのでここに掲載した文章とは訳が異なります。)

ぼくはただ、ひとりでにぼくのなかから生まれ出ようとするものを、生きてみようと思っただけだ。それがどうしてこんなにもむずかしいものだったのだろうか。(P7)

 

ぼくは生まれてはじめて死というものを味わったが、その味はにがかった。なぜなら死とは生まれることであり、恐ろしい革新に対する不安とおののきだからだ。(P29)

 

<運命と心情とは、同一の概念をあらわすふたつの名である>(P122)

 

鳥は卵からでようとしてもがく。卵は世界だ。生まれ出ようとする者は、ひとつの世界を破壊しなければならぬ。鳥は神のもとへ飛んで行く。その神の名は、アブラクサス(P131)

 

音楽を聞くのがすきなんです。でも、あなたが演奏なさるようなものだけです。まったく制約を受けない音楽、それを聞いていると、人間が天国と地獄をゆさぶっているのが感じられるような、そういう音楽だけですけど。音楽は、ぼくは大好きなんですが、それは音楽には、道徳的なところがほとんどないからだと思います。(P145)

 

ぼくたちはいつも、ぼくたちの人格の限界というものを、あまりにせまく考えすぎるんだ。つまりぼくたちはいつも、個人的に区別されて、ほかの人と違っていると認められたものしか、自分の人格の一部に数えようとはしない。ところがぼくたちは、世界の全構成要素から成り立っている んだ。ぼくたちのひとりひとりがだよ。そしてぼくたちの肉体が、魚まで、いやもっと昔までさかのぼる進化の系譜を内にふくんでいるのと同じ理屈で、ぼくたちは魂のなかに、これまで人間の魂が体験したものを、ひとつ残らず持っているのだ。かつて存在したことのある神々や悪魔たち はひとつ残らず、ギリシャ人の場合であろうと、中国人の場合であろうと、ズル・カフィル族の場合であろうとぼくたちのなかに、可能性として、念願として、抜け道として、存在するのだ。(P153)

 

君自身だって、やはり道徳家になってはいけないんだよ。自分をほかの連中とくらべたりしちゃいけない。自然が君をコウモリとして造ったのなら、ダチョウになろうなんて気は起こさないことだ。君はときどき自分は変わり者だなんて思いこんだり、たいていの人とは違った道を行くのだ と、自分で自分を責めたりするね。そんなくせはやめなけりゃいけないよ。火を見つめるんだよ!雲を見つめることだ!そしていろんな予感がわいてきたり、君の魂の声が聞こえはじめたら、そぐにそういうものに身をまかせてしまうことだ。それがはたして先生方や君のおとうさんや、どこかの神さまなんぞの心にかなうとか、お気に召すかなんてことは、わざわざ聞かないことだね。そんなことをしたら、わが身を滅ぼすことになる。(P158)

 

目ざめた人間にとっては、自分自身をさがし求めること、自分の心がまえを固めること、どこへ通じていようとも気にしないで、自分自身の道を手さぐりで進んで行くこと、これ以外には絶対に、どんな義務もあるわけはないのだ。(P185)

 

だれにとってもほんとうの天職はただひとつ、自分自身に到達することだけだ。その人が詩人として、あるいはきちがいとして、予言者として、あるいは犯罪者として世を終わろうとそれは本人には関係のないことで、それどころか、結局はどうでもいいことだ。彼のなすべきことは、任意な運命ではなくて、自分だけの独自の運命を見つけだし、この運命を自分のなかで百パーセント、とことんまで生き抜いてみることだ。(P185)

 

「愛情はねがってはいけません」
「要求してもいけないのですよ。愛情はそれ自身のなかで、確信に達するだけの力を持たなければいけないのです。そうなれば愛情はもう、引きつけられるものではなく、ひきつけるものになります。」(P215)

           
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